2008年1月アーカイブ

バレンタインデーはセントバレンタインデー(St. Valentine's Day)とも呼ばれ、2月14日は、世界各地で男女の愛の誓いの日として祝われます。

バレンタインデーの起源は、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日であるとされているようです。

バレンタインデーの起源であるワレンティヌスは、キリスト教の聖職者で、恋人たちの守護聖人として信仰されてきました。

バレンタインデーの2月14日は、彼の殉教の日であり、彼の名をとって、バレンタインデーとよばれています。

ワレンティヌスの日が祝われたのは496年からとも言われていますが、バレンタインデーについてのエピソードが語られ始めたのは中世のことであり、バレンタインデーの起源は未だよく分からない。というのが実際のところです。

14世紀から15世紀のフランス語や英語で書かれた詩や文学には、聖ヴァレンタインの日と恋人たちが関係付けられて登場しています。

バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼります。

当時、ローマでは、2月14日は女神ユノの祝日でした。

ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもあります。

翌日の2月15日は、豊年を祈願するルペルカリア祭の始まる日です。

当時、若い男たちと娘たちは生活が別でした。

祭りの前日、娘たちは紙に名前を入れた札を桶の中に入れ、その翌日、男たちは桶から1枚の札をひくことになっていました。

ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていて、多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚したといわれています。

ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止しました。

キリスト教司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は秘密に兵士を結婚させたのですが、捕らえられ、処刑されてしまいました。

処刑の日は、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日でもある2月14日があえて選ばれました。

ウァレンティヌスは、ルペルカリア祭に捧げる生贄とされたのです。

このため、キリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったのだそうです。

バレンタインデーは日本だけでなく、欧米でも恋人たちの愛の誓いの日とされ、世界各地で様々な祝い方があります。

ヨーロッパなどでは、男性も女性も、花やケーキ、カードなど様々な贈り物を、恋人に贈る日です。

カードには、"From Your Valentine" と書いたり、"Be My Valentine." と書いたりもするのだそう。


欧米では、バレンタインデーのプレゼントの種類はさまざまですが、チョコレートを贈る習慣もあって、これは19世紀後半のイギリスではじまったようです。

女性から男性にチョコレートを贈るという習慣がありますが、これは日本で始まったものです。

日本では、バレンタインデーのプレゼントの多くは、チョコレートに限定されていて、日本のバレンタインデーの大きな特徴・特異性でもあります。

現在では、チョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されると言われるほど、バレンタインデーは国民的行事となっています。

バレンタインデーも当初は、女性が男性にチョコレートを贈るのと同時に、「愛の告白」をする日とされていました。

しかし、現在では、恋人や夫妻の間でも行われるようになり、また、上司や同僚、友人などにもチョコレートを贈る「義理チョコ」や、女性が女性へチョコレートを贈る「友チョコ」などという習慣も生まれているようです。

なお、欧米では、日本に見られるような、ホワイトデーの習慣は存在しないのだそうです。

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